📍旅路
ブルゴスから、メセタと呼ばれる、栄養分が少なくどこまでも平たい大地を抜けてレオンへ。レオンからサリア、サリアからサンティアゴ=デ=コンポステーラへ。そして雨の日々を駆け抜けて大西洋に臨む村、ムシアへ到着。その後コンポステーラに戻り、ポルトガルのリスボン、そして飛行機でアフリカ大陸に渡り、モロッコのマラケシュへ。現在はマラケシュの近郊にいます。
🚲ユーラシア大陸陸路旅の終わり、新たな旅へ
日本を出国して、旅を始めたのが2022年8月17日のことだった。アジアからヨーロッパへ旅をする。その言葉を何度口にしたか分からない。
インドにスタートして、バングラデシュ、ネパール。ミャンマーを飛ばして東南アジアはタイ、ラオス、ベトナム。中国が当時はまだコロナで入国出来ず、ウズベキスタンへ。タジキスタン、カザフスタンを通って、アゼルバイジャン、ジョージア、アルメニア。ジョージアから自転車に乗り、鉄道やバスも 使いつつトルコを通って、ブルガリアへ。セルビア、ハンガリー、オーストリア、ドイツ、フランス。そしてフランスのル・ピュイから巡礼路を通り、2023年10月17日にスペイン西端の一つ、ムシアへ到着しました。
カミーノという観点で言えばサンティアゴで終着なのだけど、フィニステーラやムシアと呼ばれる大西洋の村までを目指す人も多い。私もまた、サンティアゴというより、海が見たくて自転車を走らせた。
サンティアゴの少し手前からムシアまでは4日間ほどずっと雨で、とりわけ最後の日は嵐だった。このあたりはスペインのガリシア州にあたるのだが、どうやら雨がちの気候らしい。強い風と雨に、もみの木のような針葉樹の枝が大きくしなっている様子を見ていると、「ガリシアの森には魔女が住んでいる」と古くから言われているらしいことにも共感できる気がしてくる。サンティアゴから2日掛けていくつかの森や丘を越えるうちに、服の中までびしょ濡れになった。地図を見ようにも手が濡れてスマホが思うように扱えず、あとどれくらいだろうと思いながら丘を下っていったら、唐突に海と砂浜が現れた。
思わず、海だ!と叫ぶ。ムシアに着いたらとりあえず宿に行って着替えて岬へ、なんて思っていた気持ちは一瞬で吹き飛んだ。港沿いの道から村に入って、細い小道を抜けると、海岸線に沿った1本の広い道が現れた。大西洋だ、遂にきたんだと夢中でペダルを漕いで、ほどなくしてカーブを曲がる。すると岩場の先に灯台が見え、海に臨む教会があり、水平線があって、そこが道の終わりだった。
吹き飛ばされそうな強風と雨だったけれども、暗い空の下、海の上にうすく虹が出ていた。贈り物だな、と思いながらそれを見つめる。私のほかは2,3人いるだけだったけれども、英語の話せる男性がいて、写真を撮ってくれないかとお願いすると、もちろんと快く受けてくれた。アジアからずっと旅してきたんだ、と伝えると驚かれ、「いまどんな気持ち?」と聞かれたけれども、うまく言葉にできず、分からない、と答えた。嬉しいのは確かだったけど、嬉しいという言葉が適切なのかは分からなかった。1時間くらい灯台の近くに行ったり、海をただ眺めたりして、風に自転車が倒されたのをきっかけに、寒さを覚えて宿へ向かった。
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カミーノを始める時、大西洋まで辿り着いたらそこで旅を終え、パリに戻り、パリから日本へ帰国しようと思っていた。一番は金銭的な理由だった。長い旅で貯金のほとんど全てを使い果たし、これ以上の旅はできないと考えていた。でも、カミーノの間に出会った人々は私にいくつかのインスピレーションを与えてくれた。
亡くなった祖母が使っていた古い自転車に荷物を積んで、手作りのアクセサリーを寄付制で売ったりしながら、イタリアから2年間ずっと旅を続けているリカルド。テントも寝袋も水すらも持たず、ほとんど空っぽそうな小さなリュックを背負ってスイスから歩いてきた男性。お金を持たずに旅をするのは人に頼りながら生きなければならないことで、私はそれが他人のホスピタリティを消費するようで抵抗がある、と言ったら、「それはどうかな、好意はただそのまま受け取れば良いんだ。その人は与えることで相手の時間の一部になりたいのだから。その人にとっても意味のあることなんだ。だから受け取っていいんだ。」とはっきりと返した、フランスからの料理人。
同じ頃に、日本に早く帰りたいと思う理由のひとつを手放す覚悟が決まった。手放したら、ふと、ようやく私はいま本当に自由だと思った。特に期限も決めずに旅してきたけど、それでも心のどこかで、旅はここからここまで、終わったら日本に戻って、ということをセットで考えてきたことにも気が付いた。
自由になった身体一つとバックパックで、自分にできることを見つけながら旅を続ける手段は、実はまだあるんじゃないか?無いなら作り出せば良いし、無理ならクレジットカードでも使って、その時は帰って働けばいい。そんなことを考えているうちに、調べていたモロッコでの滞在先の当てがついて、10分後にはポルトガルからモロッコへ飛ぶ飛行機のチケットを押さえていた。
そんなわけで、モロッコに居る。
巡礼路を辿る間は、次の目的地が決まっていて、道に記された矢印を辿れば進むことができたけれども、本当のカミーノは終わりから始まる。
ムシアに到着したあと、一度立ち止まってこの先を考える時間を与えてくれた寄付制のリトリート、Little Fox Houseに感謝を捧げたい。オーナーの女性は私の話を聞いて、予約でいっぱいだったのに、図書室になっている一室を私に与えてくれた。予約がフルなのにねじ込んだのは、6年間この宿を続けてきてたった二人だけよ、と言っていた。カミーノの精神に沿って、自転車はドネーションで誰か次の貰い手を探そうと思っていたのだけど、オーナーが買い取ると言い出し、キャンプ道具もろともすべてこの場所に置いてきた。カミーノを終えて次の道を探す時間が必要な人のためのリトリート、この場所で私の旅の友だった黄緑色の自転車や道具を使ってもらえたり、次の人に渡されてゆくことを喜びたい。
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